【製造工程】締めばた(絣締めの歴史について)

みなさまおがみしょうら!
ヨコ絣の締めばた担当の前田です。
現在まで【原料となる絹糸について】【糸繰り・整経】【糊張り作業①】【糊張り作業②】【図案(設計)】【締めばた準備】【締めばた(タテ絣締め)】と進めてまいりました。(前回までの記事はタイトルクリックでご覧いただけます。)

現在は締めばたによる絣締めを行っておりますが、1907年(明治40年)頃までは以下の左下の図のように芭蕉糸や綿糸等で括り(くくり)で絣糸を作っておりました。

 

これを機織りをしていた機を改良して絣を作る技術を開発したと言われております。
明治35年ごろ、(現在の)奄美市笠利町出身の重井小坊氏によって『締めばた』は開発されていたのですが、実用化に至る前に36歳という若さで亡くなられたそうです。その後、重井氏の工場に出入りしていた永江 伊栄温(ながえいえおん)氏や昇 庸実(のぼりようざね)氏、冶太郎親子により完成されたと言われております。

この歴史的な締めばたの発明により、大島紬の価値はさらに高まっていきました。

今後改めてヨコ絣締めを紹介いたします。
楽しみにお待ちください!ありがっさまりょうた。

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